カウンセリングルーム風音
こちらにある文章は、日々、推敲・校正が繰り返されてゆきますことをご了承ください。
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*クライエントさんと向き合う*
これは、平成17年2月16日に日記に書いたものです。
私とカウンセリングについて、わりとよく表せた内容に感じられたので引用することにしました。
カウンセリングルーム風音の源流として、ここに置きます。 こういったことをシェアしておくというのもまた、クライエントさんにとっての援助に繋がりますように。少々、ひとりごちておりますが(^_^)
その人の答えは、その人の中にある。
本当に、そうだなあと思うことが度々、あります。 自分にまず思ったことと、自分以外の人を見ていても、そのことは何度と無く
再確認させられています。
カウンセリングなどをしていると、私自身が他人事でいられたり、単なる正義を続けることが出来なくなるような綱引きというものをクライエントさんとさせていただくことが、しばしばです。 ただ、実感として、その時間を経た(綱引きが生じた)クライエントさんが、やがて飛躍をしたなあと感じさせられる瞬間が私には多々あります。(飛躍といっても、見た目には小さな小さなひとつのことでもあったりするんですよ。)
誰が慰めの言葉をかけずとも、ご本人がご本人にかけてあげたらいいと思う芯の伴った言葉が、まさにご本人の口からじわりと出てくるといった印象を持っています。それをいとも簡単にポロリとおっしゃってしまうか、或いは全く出ないといったスタート方面から見れば、この『じわり』と出てきたときに、私は腹の中に手応えを感じるような思いになります。
そして、その芯を伴ったというか、その人にとっての芯を表現し始めた言葉に、必ずといっていい程、私は「生きる」ということを学ばされていると実感しています。クライエントさんに教わる仕事でもあるというのは、まさにその通りであると思います。
カウンセリングとは「腹芸」といった、ある女性カウンセラーを思い出します。(腹芸というのは、一般に知られた意味というよりは、先生のオリジナルなボキャブラリーなのですが。)
腹に来るくらい、カウンセリングでテーマとされることには聴き込む価値がある。カウンセラーは、クライエントさんと向き合いながら己と向き合っています。
故に、カウンセラーの腹磨き、腹ケア(笑)は欠かせません(^_^)
そうした中で、「カウンセリングなんて、理想論じゃないか!」という思いに苛まれるくらい、まいったなあという気持ちになることはカウンセラーにもやっぱりあります。←自己開示します。(丁度、掲示板でも、そんなお話が出ていたので敢えて、自分のことを書いてみようと思いました。)
カウンセラーになると言ったとき、やってみたらと言ってくれた人もあれば、大変だからやめた方がいいと言った人も数人ありました。
どちらの発言にも、納得出来る理由はあります。でもやっぱり、、、
ただ辞めてしまうのは、勿体無い。カウンセリングには、価値のあるものを感じる私がここにいます
(*^^*)
カウンセリングを通して
誰かの心に触れることで(広義は、カウンセリング以外の日常も入ってきますが)、私自身も磨かれています。楽といったら嘘になるけれど、それは一概に嫌なことではないのです。そんな自分への実感を再び、カウンセリングに活かしていけたらいいなと思っています。
カウンセリングをすることで、カウンセラーの方が真っ先に癒されるということはありませんが(もし、カウンセラーが人助けをしている自分に酔いしれ、癒されることを最優先の根拠にしてしまえば、もはやそれはカウンセリングというものではありません。)、並々ならぬ自分との闘いの果て、こうおっしゃるクライエントさんを見ることは私の心にとって、宝物です。
「自分を大事にするって、こういうことだったんですね。世界が、これ程に受容に満ちていたものでもあったなんて…。」
↑なんて、ちょっと格好つけた書き方をしてしまったでしょうか?(^_^;)>゛
ただ、大袈裟なようでありのままの表現である何かがあるのです……。
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