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「創造の病」
「創造の病」とは、天才は心が病む経験をしていたという概念です。(エレンベルガー)
ユングは、それを経験しました。彼よりも少し前に、無意識≠フ発見への道筋として、精神分析で有名なかのフロイトが経験しています。
彼は、ユングが病に入ってゆくきっかけとなった人物でもあります。
もともとユングは、フロイトの見出した無意識や抑圧などの概念に共感をしました。自身が抱いていた心に対するイメージと重なるものがあると感激し、彼らは出会うことになります。
やがて、心の問題を性によるものとして大きく考えたフロイトに対して、相反するものを心に抱えるようになります。そういったことから、ふたりの訣別が訪れました。
まさに、この訣別をきっかけとして、ユングは病へと突入していったともいわれています。
この時期、ユングはさまざまな取り組みを行いました。(ここでは、全てを書けませんが。)その中でも代表的なものが、イメージに対する自発的な取り組みであると思います。彼は、度々、内的不確実感に襲われました。
半ば精神病的ともいえる、この時期のありかたにより、内面という方向より伝わってくるものに根気よく耳を傾け続けました。
これは、本当に命がけ≠フ作業であったと、私は思います。無意識から伝わってくるものには、その人自身を破壊しかねない大きなエネルギーをも発生させます。
このエネルギーは、自分自身が大きく変化をすることのためには、時に有用なものでもあるのですが、だからといって闇雲に扱うわけにはいきません。
その無意識からの声に、それなりの姿勢を持ちながらも冒険の船出をしたのがユングというひとでもありました。
無意識の反映とした夢や幻覚(ビジョン)と注意深く対話を続けたある日、彼は夢を見ました。ドイツ、ゲルマン民族の英雄である、ジークフリートを撃ち殺すといった内容でした。
この夢を見たユングは、ジークフリートに表れたものとしての、ひとつの驕りが自身の心に存在していることに気がつくことになります。
第一次世界大戦勃発直前、自らの意志を英雄的に押し付けることにより世界制覇を目論んだとされるドイツ人と重なるようなものが、ユング自身のありかたの中にも存在していると、受け取れてゆきました。
よって、それまでのありかたに対して、新たな視野を迎えていくことの要請という意味合いでの、内なる声を聴きます。
「お前は、自分の夢を理解しなければならない!」
こういったことなどから、ユングは、自我という領域を超えた先の、更なる深い層に位置する「自己」の存在に気づき、広い領域(全体)からも、ものを見てゆく視点や姿勢を得てゆきました。
(参考文献)「ユング心理学」 大場登
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