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>>ユング心理学

「カイン・コンプレックス(兄弟間葛藤)」


昔々、カインとアベルという兄弟がいました。カインは農耕を行い、アベルは羊を飼うことを仕事としました。
ある時、それぞれの作物を神に奉げましたが、神は、アベルの供え物にだけ目を向けました。供え物を通して我が身を無視されたカインは怒りに駆られ、アベルを殺してしまいました。
この事件により、アベルはエデンから東の地へと追放されました。

カインとアベルの生みの親はアダムとイブですが、この話題では、神という、彼らを超えた大きな存在を「親」として見てゆきます。カインとアベルの物語とは、「親」の愛情・「親」からの拒否により生じた、子供の現実を指しているのです。
片方の子供が受け入れられ、片方の子供が拒絶されることにより生じる軋轢を「兄弟間葛藤」と呼びます。こうした元型(心の奥に潜むパターン、像)を兄弟元型、または物語にちなんでカイン元型と言います。
さて、くり返しますが、兄弟間の葛藤もしくは兄弟的立場にある者同士のいさかいにおいては、「親」にあたる存在における内面への洞察も、見逃してはなりません。カインたちに生じた軋轢には、少なくとも神によるきっかけ(気まま・厳格・無意識の行為・偏愛)が作用していたには違いないのですから。

この場合の神が体現するように、「親」という存在もまた、完璧な人格の持ち主では無いのです。そうしたものの延長も含めて、親の人生に対する姿勢にも好みというものが生じています。
親自身もまた、「自身に対して乗り越えていない問題」を抱えていること等により、その問題を臭わせるような個性を持った子供に対して、(その子が例え、我が子であろうとも)拒否的な態度をとってしまう。悲しいことですが、そうしたこともまたこの世には、とても自然にあるのです。一方でこうしたものが、子供にとっては、大きな傷つきとなります。

我が子に対する愛情の注げ無さに苛まれる時、「親」はまず、己を愛する方法を問わねばなりません。
子供にとっても、「己を愛する方法を知らぬ我が身に対して、より自覚的であり、誠実であれる親」として親を見据えられることは、目を背けられた直接の原因が、自分の存在そのものに由来するといった思い込みや誤解を自らのうちに手放すためのきっかけとなります。
ここは私の考えですが、むしろ愛しているフリをしようと、子供の要求も状況も考えずにものを買い与えたって、それは、究極にあると言われる「癒し」の手段にはあまりにも不足なものであるのだと思うのです。

ところで、カインの物語には続きがあります。
カインが自分の罪を内省し、追放される際、神は彼にある印をつけました。「彼を殺そうとする者があったならば、その者は、七倍の報いを受ける」とする印です。
これについて、ユングは、神自身の(自身の気まぐれ、無知という方向に対する)意識化・自覚が始まったのではないか?と指摘しています。
確かに、ここはちょっと、神の気まぐれを感じる始まりからすれば、意外な展開かもしれませんね。

子供における権威者(神や親)を問うこと、即ち意識的に権威者との問題について取り組むことは非常に困難なことであるともユングは伝えています。
しかしながら、さまざまの事象における意識的な取り組みは、私たちに与えられている課題であるようです。
カインは神を直接変えることは出来ませんでしたが、それぞれの布置において、カインにも神にも内省が生じたようです。








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