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アダルトチルドレン(AC)


▽アダルトチルドレンとは  ▽回復へ向けて  ▽アダルトチルドレンの家族における役割



 アダルトチルドレン(AC)とは??
 
アダルトチルドレン(AC)の問題は、以下のテーマとも関連することがあります。
   暴力,精神への暴力:モラルハラスメント   依存症,共依存   うつ,うつ的傾向

親との関係性において、生き辛さを抱えてしまった人たちのことをアダルトチルドレン(AC)と言います。もともとは、アルコール依存症の問題を抱えた家庭で育ったことを背景に生み出されていった言葉でした。日本では、自身の生き辛さを親のせいにする未成熟な子供≠ニいった偏見が持たれている表現でもありますが、それは大きな誤解であることをここに記したいと思います。
機能不全家族のもとで、暴力(精神的なものも含める)の渦中に置かれて育つことにより、健全な自己発達が阻害されるといったことが起こります。
また、彼らアダルトチルドレン(AC)の前世代である親たちもありのままでいい≠ニいった余裕を知らずに生きている場合が多く、窮屈な世界観の中で苦しんでいます。そういったものから発生する不満や怒りなどを伴った軋轢(不和や葛藤)が、家族という小さな社会における小さな一員となった子供にも流れ落ちていくわけです。権力や圧力などの力≠ニいうものは、どうしても上から下へと下りていきやすい性質を持っています。

子供にとっての家族とは、最初に体験する社会です。生き方を身に着ける場となります。どんなにバランスを欠いていようとも、まっさらな子供の心は家族に適応しようと動きます。言い換えれば、子供たちは本能的に親のもとにいたいという強い願いを持っています。それは、「愛されたい。」という並々ならぬ願いです。
この願いのもとに、意識のはっきりしない頃から感覚全部を使って家族の一員であろうと頑張っているわけです。努力をしているという自覚さえ、ほとんどありません。
ところが、この時期においてありのままでいいのだという安心感≠含んだメッセージを味わうことが出来ないという状況が発生したとします。これは、一大事です。愛されることが必要なのに、「お返しをくれないと愛してあげませんよ。」というダークなメッセージの飛んでくることが日常であるわけです。皆さん、どうか自分が子供になったつもりで考えてみてください。

私は、こんな感覚を思い浮かべました。怖い。不安。哀しい。戸惑い。寂しい。etc…。
或いは、感覚がごっちゃまぜになって悲しいとも寂しいとも本人は意識してはいないかもしれません。

何故ならば、自分の素直な気持ちを表現する、味わうということは、愛して欲しい人たちに嫌われそうな行動であると予感するわけです。愛されたいと願う誰かに合わせなければ、笑顔を貰えないのが人生らしい。「生きていい、存在して良い」という肯定感が得られないものらしい。そんなことを絶対的な結論のごとく、導き出します。
そうして、自分の感情に従うことよりも、外からの規範に合わせることこそ、自分が生きられる道≠セと思い込むようになっていくのです。同時に、自分の素直な感覚には遠くなってゆきます。こんなことが自然に刷り込まれてゆくほどに、子供の心は小さくて敏感なものです。心が縮こまってしまうくらい、子供にとっては切なく、大きなことなのです。(大人だって、傷つくことは辛いはずです。)
もちろん、外からの規範(規則やルール)を覚えていくこと、従うことは相応に大切です。
でも、相応にという度合いがポイントです。規則やルールを扱うのが、自分自身の心であることを忘れてはなりません。自分自身におけるありのままの感情を大切にしてあげられなければ、規則やルールに含まれた意味を深く知ることは出来ません。ただ従うだけか、扱えなくて投げ出すだけのどちらかになってしまいます。ど・の・よ・う・に、規則やルールと付き合えばいいのかを感覚することが抜け落ちているのです。

 A「Bちゃん。何で、これはやったらいけないの?」
 B「うーん、それは、やったらいけないことだからだよ。」
 A「ふーん。でもさあ、どうしてやったらいけないの?」
 B「・・・・?やったらいけないって言われるから。やったら、怒られるから。」
 A「怒られるのは嫌だねぇ。怒られるから、やってはいけないことなの?」

この会話に出てくるBちゃんですが、自分を主語に話していないことがおわかりでしょうか?ほとんどが、「親」という言葉に主語を置き変えられるといった話し方の特徴があります。こういった話し方のままに育っていかざるを得なかった大人は、「親」という主語を「社会」という言葉に過度なまでに転換させる可能性もあります。親との関係性における台本のまま、よいことと悪いことを二分します。こうした構造は自分の気持ちの深いところにあって、その事実には容易には気づけません。ただ、違和感(みんなとは、違う。)という気まずさから感覚することが多いようです。
例えば、このことは次のようにも表せます。いつも、規則やルールを出発点として様々の発想を行う。このように自分の気持ち≠一番目よりも後に置いてしまうことが常であるといった癖をつける。すると、いざ規則やルールを守れないといった状況が自身に訪れたとき、たくさんたくさん自分を責めなければいけないという展開にさえ繋がります。
また、自責の念の重圧が大きく感じられたことで、気持ちが反転し、
「このことは、自分は悪くなかった。周りが悪い!自分を信じない奴らが悪い!」と、
必要以上に周りを責めなくてはならなくなるのかもしれません。被害者が、加害者になる瞬間でもあります。
こうして、必要以上に責任を取りすぎてしまうか必要以上に責任を放棄してしまうといった極端な行動の間を行き来することになるのです。ここで、「よい子」と「悪い子」という肩書きが生まれることもあるでしょう。それは、他者からつけられるものでもあるかもしれないし、自分でつけてしまうものでもあるかもしれません。

極端に「よい子」と言われるもの、極端に「悪い子」と言われるもの、これらは別々の存在のようでその構造は大変よく似た性質を持っているのです。
それは、肩書きにしがみつかざるを得ない程に怖がっている、こだわっているものを基点に発想をする癖があるといったことにあたります。肩書きとは、自分の身を唯一守ってくれると思わざるを得なくて、身に着けざるを得なかった「武器」でもあるわけです。
「よい子」と言われるものは、優等生≠ニして評価をされること認められることに自分の価値を見出しがちです。だからこそ、自分を維持するための存在として小さくは無かったこの「優等生という肩書き」を手放さなければいけないと感じられるようなことは、とても怖いことになってしまうのです。よって、優等生を維持するためにも、必要以上の無理をしてしまう傾向があります。場合によっては、この無理が犯罪を形どることもあります。
さて、「悪い子」と言われるもの、こちらは優等生に比べれば怖いもの無しではないかと思ったかたへ、それは誤解です。「悪い子」という肩書きに縛られてしまうのは、こういったことでもあるのではないでしょうか。優等生≠ニして期待されている分野が、自分の得意分野と合わずに自身に対して無力感を持ってしまう。やれることを頑張ったところで喜んでくれる人がなくその時の落胆した自分を知っていて、諦める方が楽だと思ってしまった。或いは、悪いことならば誰にも負けないという悪いことへの優等生を目指してしまう。一口には言えませんが、どうもそのような心のしがらみを抱えている現象があるのです。

そうそう、このどちらにも共通しているのが、

 ・ 周囲の評価を軸として、生きている。
 ・ 周囲の評価に頼らなければいけないくらいに、自己評価への依存度が低い。

といった点です。これは、まさに自身の内側に対しての安心感を諦めてきた≠ニいうことの表れではないでしょうか。
このように、アダルトチルドレンは、自身の内側からもっと広く大きな存在に身を委ねることに、ストップ(停止)≠覚えることが非常に多かった中で生き抜いてきた存在です。
少なくとも、その生き方は、親子関係においては自分を救ってくれたものでした。まだ、マシだと思えるから選択をしてきたわけです。バランスを欠いた家族への反応から歩む特徴・傾向から、アダルトチルドレンの別名を「反応する人」とも言います。
ところが、親子関係とは別の広い社会に出会ってみて、何かがおかしいと気づくのです。今まで築き上げた自分を守るもの≠ェ、それ以外のところでは何かが大きく違っていて、噛み合わなさの根元にある生き辛さに直面していくこととなるのです。

さて、ここまで私なりに表現をさせていただきましたが、お読みになった皆さんにとってはいかがでしたでしょうか?果たして、アダルトチルドレンは、単なる甘ったれだと思われますか?アダルトチルドレン(AC)が免罪符になってはならないとは思いますが、アダルトチルドレン(AC)性をしっかりと見据えてゆくことは大切なことです。


アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す
DVと虐待―「家族の暴力」に援助者ができること

参考文献





 アダルトチルドレンからの回復へ向けて
 

主にセラピーやカウンセリング、自助グループを活用されることをお勧めしたいと思います。アダルトチルドレン(AC)は、親との関係から身に着けた『認知の歪み』というものを抱えております。よって、そちらをケアしていくことが、回復への道しるべとなっていくことでしょう。人間関係から身に着けた『認知の歪み』は、やはり人間関係によって回復を図ることが大切になってきます。
セラピーやカウンセリングにおいては、一対一の人間関係を、自助グループにおいては集団での人間関係と援助を得ていくことが非常に重要になってくることと思います。(アダルトチルドレン専門のプログラムを持っているカウンセリング機関もあります。)

※風音(当サイト)においても、アダルトチルドレンと思われるかたのカウンセリングを行う場合には、自助グループ≠ニの併用をご提案とご案内させていただいております。

どうぞ、あなたのペースで充分ですので、回復へ向けて歩いてゆきましょう。あなたの中に在る、インナーチャイルド(傷ついた子供)の嘆きを癒しに変えていってあげましょう。
あなたがこれから覚えていったり、出会っていくことになってゆくのは、自分が自分に優しくなってあげられる方向です。



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 アダルトチルドレンの家族における役割(参考)
 

アダルトチルドレン(AC)が、機能不全家族で生き抜くために身に着けざるを得なかった、或いは親から押し付けられていた役割の代表には、次のようなものがあります。


英雄 優等生として目立つことで、問題から目を反らそうとする。
なだめ役 年齢以上の悩みを相談される役割。家族のカウンセラー。
道化師 問題が起こると、おどけて、そこから目を反らそうとする。
ロストチャイルド 自分の存在を目立たなくすることで、自分の存在を守っている。
スケープゴード 家族の問題における生けにえです。


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