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劣等感,劣等感コンプレックス


▽劣等感と、コンプレックスとは  ▽回復へ向けて



「自分って駄目だなあ…」とため息をつくこと、その思いで苛立つなどの経験は生きている証です。残念ながら、私たちは万能にはできていないのですよね。欠けていたり、出っ張っていてアンバランスだったり…。おまけに、心の渦(コンプレックス)が作用して「駄目だなあ。」という思いが大嵐になってしまったり。けっこう、大変です(;^_^A この頁では、そんな「駄目だなあ」と感じること(=劣等感)と、心の渦についてお話をします。
そんな仕組みを知るよりも、自尊心の低さの克服をとお急ぎのかたは、回復へ向けてへお進みください。いやいや、まずは敵を知らばと思われるかたは頭から読み進めていってみてください。



 劣等感とコンプレックスとは??
 
@ 私たちが日常で使うコンプレックスという言葉は、間違いなの?!


「コンプレックス」とは、おおよそ知られた言葉であると私は思います。詳しい説明は出来ずとも、何となくのイメージが誰しもの心に湧くようなものではないでしょうか? また、どちらかといえば、マイナスの印象や劣等という響きが含まれた言葉としてイメージをされることでしょう。それが、私たちがよく知る側の「コンプレックス」です。
しかしながら、その言葉は本来、「(心的・観念による)複合体」を意味します。言い換えると、感情の絡む様々なものが合わさって出来たひとつの姿にあたります。その姿に劣等感の絡んでいるものが劣等感コンプレックス≠ニいうものになります。
 



A 劣等感を抱くことと、劣等コンプレックスを持つということ


さて、名前を正式に表してみると、大切なことに気がつきます。
「単純に劣等であることを感じること(劣等感を持つこと)」と「劣等感コンプレックス≠抱くこと」はまた、別なことであると、そう伝えているのです。

このふたつをなるべく解りやすくそれぞれに表現をすると、次のようになります。
前者は、自分に対して劣っていると感じることを単体で指しますが、後者は心において、様々な要因の絡み合ったところに劣等感が関連しています。よって、単純に劣等感をどうにかすればいいといった発想による対処では紐解けない程のこだわりが後者には存在していると考えられます。そのことにより、並々ならぬ苦しみや葛藤を心にたたえてしまうのは、無理の無いことなのかもしれません。まずは、コンプレックスに悩む心をそのように汲みたいと私は思います。






「私は、○○ということがが苦手なのよね。」と言えてしまうのは、劣等感を持つということにあたります。 これに、コンプレックスとしての絡みがある場合は、自分が感じる劣等性を隠そうとしたり、ある種の諦めの悪さが伴う表現をしがちになります。自分の劣等性を素直に受け入れられないという現象を引き起こすための、様々な(精神的)要因による複雑な束縛が心に働きかけているからです。
後者は、「こんな考え方で満足するのは、馬鹿のすることだ。」というメッセージを内面的に味わっている状態であるとも言えます。 同時に、この感覚をそれと気付かずに他者に投影してしまい、自分と他人の境界線が曖昧になるということもしばしばあります。ある人を見ると、特に悪いことをされたわけでもないのにムカつく、穏やかに見られない。これは、その人をひとつの鏡として、自分の抱える裏側(コンプレックスの姿)が心を過ぎるからなのかもしれません。
しかしながら、これを単なる絶望として記しているわけではありません。
コンプレックスが嫌な面だけの存在にしか見えないというのは、むしろ、まだ見えていない状態にあるのではないかと思います。何故ならば、「世界をより深く広い目で見るためのスイッチを入れること」「ありのままを受け入れるということ」、「飛躍を遂げること」などのきっかけとなったりバネとなるもののひとつもまた、彼であるからです。
ただし、それが本当の意味で行われ実感されていくためには、休憩を入れながらも相応の時間をかけて世界の中で生きることが大切であると言えるのかもしれません。
身をもって変化する(★ ありのままを受け入れられるように変化する、というのもあります。)≠ニいうのは、そういうものの積み重ねでようやく出来上がってくるものであるのかもしれません。
※ダイエットではありませんが、ただ無理をして起きた変化にはリバウンドの可能性が大きいといえるのではないでしょうか。



 





B コンプレックスの正体を求めて


フロイトという心理学者は、かつて、コンプレックス発生の根源を性的な欲求として発想しました。それに対し、「いやいやちょっと待て、それはどうも無理があるぞ…。」と、劣等感に重きを置いたのが、心理学者のアドラーです。彼の発想は、性欲求説と比べて自己実現に繋げやすかったので、道徳や教育を中心とした分野に広がっていきました。アドラーの認知度が低い日本でも、彼に由来する捉え方のほうがコンプレックスとして言語化されがちな現在があるも、こういった背景によるものでもあるのかもしれません。
でも、まだこの段階ではコンプレックスと呼ぶには複合性が足りないという発想を抱いた心理学者がいました。コンプレックスに関しても様々な見解がありますが、私自身も彼による加味が無ければ、部分的に見ているような感覚を否めません。
そんな彼とは、ユングのことです。
彼は、病的な要素として発想されたフロイトの考え方に対して、もう少し広い視野から、そのものを感覚してみます。出来事として見れば、よろしくない(病的である)とだけ感じられるコンプレックスによる影響も、さらに時間を広げて全体を眺めてみると、新しい未来を作り出す要素としての面が浮き上がってくるわけです。逆に考えれば、自分の内側にある、「それまでの自分を維持している存在(正確には、自我≠ニいうものを指します。)」がこなしきれなかった不足分を補う役割とした現在のコンプレックスがあるのだといいます。 こういったことからも、コンプレックスそのものはあってはならない害なるものではなく(だからといって、無条件で良いものというわけでもなく)、ある時はバランスをとり、ある時は新しい生き方に出会うためのきっかけとなるような存在として捉えていくといった視野を大切にしたかったのがユングというひとであったように思います。私も、この…フロイトもあり、アドラーもあり、そしてユングという人の感覚があったことに、何か深く共感するものがあります。
 

 





 回復へ向けて
  
  
「コンプレックスを持つことは、人間として劣等であるということに限らない」との、ユングの言葉を私なりに表現してみるならば、次のような表現になります。

おそらくコンプレックスとは、一見しただけでは使い方や存在意義の解らない羅針盤のようなものである≠ニいうことなのでしょう。
或は、どちらかといえば、羅針盤よりも恐怖を見出してしまいがちな未知なる存在でもあります。それ故の焦りも、生じます。
しかしながら、時間をかけた歩みや呼吸合わせなどによって、羅針盤としての存在意義に真に触れる(=過程を大事にしながら、本当の意味でのコンプレックスと自分の素直な気持ちが出会っていく)ことの出来たとき、そのコンプレックスの必要性が、いよいよ当事者の中で、薄れてゆくといった現象が引き起こされます。
そして、このバトン渡しの足早ではない体験を経て、私たちはどうやら大きく価値観を広げ、視野を深めることが出来るようです‥。
そのことを思うならば、「コンプレックスを手放せるだけの、確かな動機となるもの」を内面に育むその覚悟と日々の紡ぎについて、本当に大切に扱ってゆきたいものです。

回復…というよりも道を描くためには、きっといろいろなことがあなたにとって大切になってくることでしょう。その道のりは、もちろん楽なものではありません。或いは、「あなたに必要となる、適度な刺激も味わえない」程の平坦さといった、見えざる苦もあるかもしれません。人は、平和過ぎても成長しそこねるのです。

さて、そうした中でよろしければですが、カウンセラーという「鏡」や自助グループという「場」などを使い、あなたの呼吸や道を身近に見つめていってみませんか?この場合、あなたがあなたの言葉でじっくりと、あなた自身について語っていくことが効果的です。語るということで、自ら思いを無視しなければ、きっと何かが確かに返ってきます。
次に、この反響を頼りにして未発見の思いをゆっくり焦らず、見つけていってください。
※不安が酷い場合には、医師という薬物治療の専門家から、必要に応じて負担を和らげるお薬をいただくことも大切です。

カウンセリング(の時間内)は純粋な1対1であり、自助グループでは、似たような悩みを持ちながら目的意識もあるといった複数での関わりに触れることが出来ます。そこでは、実生活では得られにくい種類の、反響≠ェ導かれることでしょう。
人(家族、友だち、恋人、職場の人、治療の専門家、自己洞察の時間を与えることの専門家、目的を持って悩みを語り聞く人たち)といる時の私、一人である中での関わり(喜怒哀楽等の全ての感情、思考)とも対話出来る私、どれもが大切であり、それらの統合を目指す姿勢が、あなたの心を成熟させてゆきます。

ただ、ひとつだけ気をつけてください。コンプレックスを含めた心のしがらみからの回復は、注射を一本打ってぱっと強くなるような種類のものでは決してありません。
自分について、自分の足元についてスルーすることはまず止めて、呼吸を整えてみるこ
とです。目を伏せて来た嫌な感情にさえ、少しずつでも向き合う覚悟が必要です。



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参考文献

コンプレックス (岩波新書)
心理学がわかる事典
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