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誰の中にも、その人だけが内面深くに持ち合わせている、心根というものがあります。
そして、そこから音色を放ちながら、日々を過ごしているのではないかと私は考えます。
世の中、全ての人とわかりあえたらどんなに素敵なことでしょう。
けれども、同じ人間という種族であり同じようなことを思い感じることはあっても、「違い」というものが無くなることはありません。
カウンセリングについて学び続けていると、とかくそうした何かを突きつけられます。
違いがあってこその私たちであり、その時間軸において時に一致するくらいで自然…??
それぞれの軌道を持ちながら、時にタイミングが合い近い位置を歩むことがある間合いで、私たちは生じ暮らしているのだということです。
同時に、それぞれの「違い」があるからこそ全体が成され、その全体の中で私たちは、「個」を存分に描き全うしてゆく。
似ていたとしても人の数だけ違う心根を持ち、心根を持つ存在としては皆同じである。
私たちが今ここに生じているのは、深く大きい確率の結果なのです。
ですから、違いに悩むことがあっても、違いに辛らつを味わうことがあったとしても、「違い」とは恐れるものではないのかもしれません。
誰かにとって自分とは違う心根があるということは、
自分にとって誰かとは違う心根のあることを肯定する概念です。
そして、その点においては怖く感じられる違う誰かもまた自分にとって、
とても身近な存在なのです。
恐れるほど、遠く離れた違う位置にはいないのです。
その根源を成す、心根という言葉に音色という柔らかい響きを与え、そこから送られる風が届きますようにと生まれたのが、「こころ音」という造語です。
もしも、他者を肯定できない孤立感をあなたが抱えていたとしても、それは誰しもの中に生じ得る心の現象であり、あなたはそのことを悪く扱う必要な無いのです。
カウンセリングとこころ音
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