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カウンセリングの道標

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カウンセリングとは??





「カウンセリングの効果って?」





まず、カウンセリングというものについて、あなたはどんなイメージを持たれていますか? 確か、悩みを相談すると人生経験の豊富な芸能人がアドバイスをしてくれるといった番組がありました。 私は、こういったものがカウンセリングのイメージとして一般的であるように思います。しかしながら、それは違うのです(×_×)
こうした番組の相談コーナーのように、アドバイスを受けること自体を悪いことだとは申しません。自身にとって不足なものを他者から得る。これはこれで、人間にとっては、大切な生きる手段であるのですから。
しかし、相談番組の展開ようにすぐに(矢継ぎ早に)出てくるアドバイスというのは、どちらかといえば、短期的な解決策としての効果が強いと思います。(※こうしたアドバイスをカウンセラーが扱うこともありますが‥。)
さて、ここで、このような切り出しかたをされたあなたは、「え?短期的解決って、早く目の前の問題が解消されるから良いんでないの?」と、何らかの抵抗を覚えるかもしれませんね(^_^)それはそれで、もっともなことであると思います。 私もそう思い、良いアイディアを得ようと知識のあるかたや経験豊富な人から何か参考になるものを得ようととにかく懸命だった頃がありました。 そして、たくさんの素晴らしいアイディアという道具を集めました。これはこれで、無駄なことだったとは言いません。

ところが、さあこれでこれらの良いアイディアたちは私を幸せにしてくれるぞ…と心した瞬間、あることに気がつきました。 道具が集まっているだけという現実と、思ったほどに道具を使えない自分そのものを意識したのです。 確かに、目の前にある道具は価値のあるアイディアばかりです。自分にとって、少しは役に立ちます。何か良いものを掴めそうな、予感を与えてくれはします。
けれども、思っていたほどの効果は無く、心から探していた充実感は、とうとう得られなかったのです。
やがて、思い至りました。「何かが、足りないなあ…」と。
私は、短期的解決の問題点のひとつは、ここにあるのではないかと、今では解釈しています。(※誤解を生みたくないので、短期的解決法の全てが悪いと申し上げたいのではないという旨、ひと言補足しておきます。)

振り返ればせっかちに摂り入れたものたちが、自分の内側から得たものではなかったことに、明確に気づいたのがその時でした。 その地点というのは、自己成長や自己受容を探している、自分自身との出会いの位置でもありました。そこがゴール等ではなく、「ここからが、本当の意味での自分育成の本番、開始地点」であったのです。
そう…本当に求めるものはまだ得られなかったけれども、探しびとである自分にはようやくようやく出会うことが出来たのです(^_^) そして、私の集めたものが答えではなく『材料』だったということにいま一度注目することとなりました。

さて、この頃に(効果を今ひとつ、実感出来ないながらも)カウンセリングを受けていたのですが、ひとことでは語りきれない思いの様々を担当カウンセラーに時間をかけて語れたとき、彼が大きく頷いたことに気がつきました。 相手の頷きの表情が変わったなと感じたのと同時に、カウンセラーが待っていてくれたことの意味を察した気がします。自分の言葉で、心のペースに合わせて自分で語り出せるようになる日の訪れをカウンセラーは関わりながらしっかりと気長に、着実に待っていてくれたのです。それは、誰かの反応で語る言葉でもなく誰かの指示を鵜呑みにする動作でもなく、私が、私であることの始まりにあたりました。
同時に、「聴いてもらうということ」がただそこにあった、そのことが、どんなふうに自分に対して効果を成していたのか、私の中で、明確に意識され始めました。
自分が真ん中にあること。とにかく、自分について集中し問答出来る場にあれること。これは、日常ではとうてい、得られないものでした。 もちろん、長話を聞いてくれる人はあったのですが、どんなに聴き上手の人であっても、こうした対話においては、話題の主語が、いつの間にやら摩り替わってしまうこともしばしばでした。
自分が真ん中にいて答えを見つけてゆきたいと、切実に願い、得ることの出来たのは、(私にとっては、やはり)カウンセリングという、自ら得た空間のみにおいてでした。
そして、私が真ん中であるということにとにかく集中させて貰えるといった間合いから、「自分がどうしていきたいのか?どのように、自分の人生を扱ってゆきたいのか?」という思いに対して、自らでひたすらに誠実になってゆけたのがよかったのではないかと思います。
自分や状況に影響を与えるほどの本音というものは、今まで知った以上のところにあります。このことにおける現実と、より的確な構造意識というものに、自らで気がつき始めたのですから。

(以下は、「自分が真ん中でありながら、長く対話を続けるということ」についての余談です。上記のようなことを場所もわきまえず、更には、意味を問うこと知らない人物を聞き手として行えば、どちらに悪気が無くとも、調子のおかしくなることはしばしばでした。 やはり禅問答のような言葉というのは、会話とは違うものであるようです。そうした過程もあり、しっかり話しきってみたいと願いながらも、口を閉ざさざるを得なかった日々も、私にはあったのでした。)

アイディアや知識、有益と感じられるモデル(憧れ)を模倣するだけ・道具を集めるだけでは駄目なのだと思いました。 『瞑想や禅問答を兼ねた自分語りを徹底して行える時間、即ち、私が私との対話を純粋に行える機会を持つことも、成長を促すための要(かなめ)だったのです。一連の過程を経て、材料をこね・扱い・肝腎な自分自身の内面を育てるという『作業』を私は、ようやく行うことが出来ました。
強いて言えば、これこそがカウンセリングで行われている表立たないプロセスであり、カウンセリングが作用し、もたらしてくれたものにあたるとも言えましょう。


さて、日常におけるやり取りと比べて、「自己への長期的な問答」を視点に置くことの出来るカウンセリングです。ここより編み出されるものは、 その場限りではない自身の力の発見と作用に値するのではないでしょうか。(^_^)
そして、この過程における、カウンセラーとクライエントというそれぞれの役割への自覚が、個人と個人としての境界を維持し、更には、その関係性の相互作用が自己成長(問題解決を導く自身)への誘いに、大きく力を貸してくれることでしょう。
カウンセリングとは、何よりも、自分自身との対話の出来る時間のことであるのです。
更に、「カウンセリングの効果」とは、道具を与えられたままに扱うことにあらず、心的レベルから、その人らしい、道具の扱い方をじっくりと感じとり、学び、その上でどうしてゆきたいのかを選択してゆける、「適度な束縛」と「適度な解放」を意味します。どうぞ、あなたのために使ってあげてください。










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