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  暴力,精神への暴力:モラルハラスメント
  ‐家族,職場,学校,近所,恋愛などの人間関係の中で生きるあなたへ‐

  DV(ドメスティックバイオレンス)・モラルハラスメント・パワーハラスメント・セクシャルハラスメント・いじめの問題から

 
身の周りにある人間関係の中で、止め処もない心細さに苛まれることはありませんか?或いは、その不安や苛立ちが他の誰か(例えば、お母さんならばお子さん)に向いてしまうなど。
ひょっとすると、これは暴力やモラルハラスメントを受けている・発生させている兆候であると捉えてみても良いかもしれません。いえ、このページをあなたがご覧になっているのは、「暴力やモラルハラスメントの渦中にある」と既に感じておられるためかもしれないですね。
暴力やモラルハラスメント(悲しみ、怒りの産物)は、連鎖します。
そして、心の中にある、ある種の身近さが加害者・被害者間において、中途半端に呼応し合ってしまう。その結
果として、『心の刃が向かいやすい、向けられやすい布
置の出来上がる』現実もあります…。

見える暴力、
見えない暴力。
家庭も社会も。

どこからどこまでが、暴力やモラルハラスメントか?
はい。「あなたが不愉快だと思ったら、して欲しくないと思ったならば」、そこからが始まりです。そうはいっても…、


 実感するというのは、意外にも難しいことかもしれません。
 暴力という定義の曖昧さや中途半端な固定化が、加害者を守ることもあります。故に、
「私が何か、いけないことをしたのではないか?」
心が葛藤し、被害者になり切れない心理も味わうためです。


ですから、暴力やモラルハラスメントからの脱却、人権の回復を自身に図るには、
自らによる「被害者性の誤魔化し」癖を手放してゆくことから始めてゆきます。



そもそも相手の機嫌を伺わなくてはならないと発想した時点で、それは暴力やモラルハラスメント成立への第一歩なのだと思います。確かに、人間関係の促進には、相手に合わせることも必要です。ただ、「だから、仕方がないのだ。」という、一側面からの容易な一般化では被害者性を守ることにはなりません。(相手の加害者性を守ってしまうこの文法では、加害者の攻撃性を肯定する形で加害者をも守らないのです。)
人間関係(コミュニケーション)のバランスが崩れてしまい、片方が片方に合わせていなければ酷いことになるという現実が目の前にあるのだとすれば…。本当は酷い状況になっているのに、まだマシだと思ってしまう程に感情の鈍磨が進行しているのだとすれば…。
他者や常識からの基準はひとまず横においてみて、あなたは心と体に不必要に負っている自分の傷に気がつかねばなりません。
この、自身の傷つきの自覚に勇気が必要になってしまう状況を支配関係の渦中にあるといいます。或は、その予備軍も甘く見ることは出来ません。
今からでも、遅くはありません。精神的なものであれ直接のものであれ、「暴力をふるわれている自分」「心に傷を負っている自分」としての自覚を目指してゆきましょう。


モラルハラスメント(巧妙な精神への暴力)
さて、この不条理な関係性より受けるいじめをモラルハラスメントと言います。むしろ、こちらは「目に見えない圧力の被害者となる」事実が、特徴的です。よって、いわゆる痣が出来るような暴力ではなく、揚げ足をとられたり言葉巧みに自尊心を貶められる(貶める)行為の被害者となる類のものであると捉えてゆきましょう。例えば、

・みんなの前で、自分だけ気まずくなるようなことを言われる。
・頑張っているのに、無能者扱いされる。(価値を認められない。)
・話し合いに応じてもらえない。

などがあり、被害者は大変に辛い思いをします。
逆に、加害者にとってはこの辛い思いをする被害者が糧となります。。。
加害者における「自尊感情の低さ」が、大きく絡んでいるためです。自尊心の低さから加害者は被害者を利用せねばならず、被害者は加害者に利用されなければならない。そんな痛ましい構図が、出来上がるのです。

しかしながら、忘れられてはならないのがこうした「一時しのぎの自尊感情の誤魔化しである関係性は、決して人を幸せにしない」ということです。
加害者は自身における被害者性(傷つき・自尊心の低さの由来)に気づかねばならず、被害者は被害者のままであり続けてはなりません。
両者とも、心の飢えに気づくための、@フェルトセンス(頭で考えて感じていると規定するものではなく、何よりも素で感じているシンプルな欲求です。例えば、「自分は寂しさに強い」と規定している感覚の下は「寂しい」という感じであったりします。)への関心を強化とA他者と関わるための表現を学ぶ必要があるのです。
そのためにも、被害者にはまず「嫌なことは、嫌だという闘い」を始めて頂きたいのです。同時に、その被害者を「それを求めなければならない感情」に無意識的にも追い込まねばならない加害者こそ、その感情の絡みに追われている張本人ではないか?そこに直面し、自分の幸せを見つめ直す必要のある存在であると言えるのかもしれません。

ただし、大切なのはまず自分に優しくあるのは自分自身であるということです。そして、この優しさの質についても両者とも考えてゆかねばなりません。
被害者は、自身の中に被害者性を自覚していくこと。
一方で加害者は、加害者性の自覚がなされていくこと。自覚イコール、「根深い負け感情を許せること」の継起は大きくそこから被害者性も自覚していくこと。 これらは勇気も要りいわば生涯のテーマとなり得るものですが、もしも感情における余分な裏返しや反動を取り払った上で残るものに「幸せ」や「心の充実」を求める気持ちが残るのであれば、取り組んでいってみましょう。
真なる充実とは、幸せを装うことではなくある種自分の影(シャドウ)との出会いと紡ぎから生まれる。そういったものなのですから。
弱音を形にしていく取り組みを忘れないでゆきたいものです。

他者に助けを求めること(孤立しない努力)
自己との対話(自分にとっての幸せの吟味)
コミュニケーションスキルの見直し(自己表現を学ぶ)


さて、具体的な取り組みを支援するものとして、暴力からの避難場所としては、「シェルター(駆け込み寺)」というものがあります。
また、アサーション(さわやかな自己表現・自己主張)を学び、自分のための「状況維持の主導権」を扱う技術を上げておくことは重要です。暴力の程度により、離婚が必要なものもあれば様々ではありますがどちらにせよ、この技術の向上はプラスになると私は考えます。

関係しようと努力をした結果、関係性に疲れを覚えた場合に音をあげられることもまた未来を作るのです。あなたが一体、何に疲れているのか?その声に耳を傾け、そこから出来ることを得ていくのはあなたの役割と権利です。

暴力やモラルハラスメントから、心身をしっかりと守ってゆく事も学んでゆきましょう!




そして、ここで副題をもう一度思い出してください。
‐家族に限らず、さまざまな人間関係にも通ずるもの‐



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